Ⅰ. 設問への回答
・上気道炎の80~90%はウイルス感染症であり、ほとんどは10~14日以内で自然に治療し、軽症に経過する限り治療の必要は無い1)。
・A群B溶連菌、肺炎マイコプラズマ、肺炎クラミジア、百日咳菌などの細菌もかぜ症候群の原因になる。しかしその頻度は多いものではなく、抗菌薬適正使用に十分留意し 、上気道炎に一律に抗菌薬処方することは厳に慎まなければならない2) 。
・かぜ症候群に合併する急性中耳炎、副鼻腔炎、気管支炎も去痰剤や鼻汁吸引だけで軽快することが多く、一律的な抗菌役の処方は必要ない2)。
・発熱、咳、鼻汁、頭痛、関節痛などの症状は病原体に感染したときの宿主の正常な防衛反応であり、原則として対症療法の必要はない3)。苦痛や不安が強いときは安全性の高い薬剤を最小限に処方する。
・上気道炎の診療で重要なことは、「安全で安心な医療」を実践することである。それには①菌血症や細菌性髄膜炎などの重症疾患を見逃さない。②不必要な薬は使わない。③病気の治療や予後、予防などについて適切な情報を提供する。の3点が重要である。
Ⅱ. 回答の解説
1. 上気道炎の病因と病態
・ほとんどはライノウイルス、コロナウイルス、
・RSウイルス、インフルエンザウイルスなどのウイルス感染症である1)。
・同じ病原体でも年齢や免疫状態によっての軽症の感冒から、鼻咽頭炎、咽頭・ 扁桃炎、気管支炎、そして重症の肺炎、脳炎・脳症までさまざまな病態をとりうる1)。
・高熱や呼吸器症状、全身状態がひどい場合は必要な検査、適切な治療を行う。
・二次感染予防のための抗菌薬投与は、その効果は確認されておらず行うべきではない。
2. 細菌感染による上気道炎
溶連菌は急性咽頭・扁桃炎の主要な病原菌として知られているが、実際はそれほど多いものではない。武内らの多施設共同調査では、対象149例中アデノウイルスなどのウイルスが42.3%、溶連菌は16.8%であった1)。
溶連菌感染症の治療には狭域ペニシリンのベンジルペニシリンベンザチン(バイシリンG R)、10日間投与が推奨される。ペニシリンアレルギーをもつ患者にはエリスロマイシンを処方する。セフェム系抗菌薬は常在菌の耐性化を誘導しやすいため勧められない2)。
肺炎マイコプラズマや肺炎クラミジアは感冒から肺炎まで多様な呼吸器疾患の病像を呈しうるが、自然治療傾向が強く、軽症の上気道炎にとどまる限り抗菌薬治療の必要はない。発熱、咳が遷延する場合は血液、X線検査を行い、下気道感染症と診断したときは抗菌薬を処方する2)。
百日咳は近年、DTPワクチン接種済みの小児から成人までの幅広い年齢層で患者が増加している。症状や検査初見も典型的でなく、早期に診断することは難しい。発熱や喘鳴がなく、夜間に発作生、連続性の激しい咳発作が起こる場合は本症を疑う。百日咳と診断したときは抗菌薬を処方する。
3. 急性中耳炎、副鼻腔炎、気管支炎の抗菌薬治療の適応
急性中耳炎は小児の上気道炎にしばしば合併するが、鼓膜の発赤、腫脹がすべて細菌性中耳炎を意味するのではない。集団保育を受けている乳幼児にはときどきみられる所見であり、痛み、不機嫌などがなければ抗菌薬投与の適応ではない2)。
保護者には予後のよい疾患であり、多くは自然治療することを伝え安心させる。
痛み、不機嫌があっても重症でなければ鎮痛剤の投与のみで48~72時間は経過観察する。症状が持続していれば抗菌薬を処方する2)。
抗菌薬はAMPC、60mg/kg/日、分2,5日間を原則とする。再発例、重症例はAMPC/CLA合剤(クラバモックスR、AMPC;90mg/kg/日)5日間を処方する2)。
高熱を伴っている患者(1歳未満では38.5℃以上、1歳以上では39℃以上)については菌血症を考慮し血液検査をする2)。
急性副鼻腔炎は上気道炎に普通に合併し、上気道炎の軽快とともに自然治療する2)。
咳、鼻汁が10日以上続く場合は10day-markとし細菌性副鼻腔炎の指標となる。集団生活をしている小児では数ヶ月にわたって続くこともまれではないが、それでも鼻汁吸引などで軽快することが多く、抗菌薬は必ずしも必要でない。適応となるのは頭痛や顔面痛、発熱を伴っている場合である2)。
抗菌薬治療は急性中耳炎に準じる。
急性気管支炎の多くはウイルス感染によって起こり、抗菌薬処方は必要ない。発熱を伴っていれば肺炎と鑑別する必要がある。咳症状が遷延する場合は百日咳、マイコプラズマ、クラミジアなどの可能性がある2)。
4. 上気道炎の症状の意味と対症療法
発熱、咳、鼻汁などのかぜ症状は進化医学の観点から病原体の感染を受けたときの
宿主の正常な防衛反応と考えられ、原則として治療の必要はない。
発熱はリンパ球や好中球の機能を高め、病原体の増殖や活動を抑制する。鼻汁、鼻閉は鼻腔からの新たな病原体の侵入を抑止する。咳は気道を確保し肺炎への進展を防ぐ。筋肉痛と関節痛は宿主に強制的な安静をもたらす。これらは呼吸器感染症と戦う宿主にとって有利な状況といえる。
このような宿主の症状はリンパ球やマクロファージなどで産生される各種サイトカインやヒスタミン、キニン、プロスタグランジンなどの炎症性メデイエーターによって惹起される。多くの場合はこのような反応は協調的、制御的であり、感染症の終息とともに正常に復する1)。
数日から2週間ほどで回復する上気道炎に対して効果の曖昧な、かつ病気の回復に不利となり、重篤な副作用を招く恐れのある薬剤は使用すべきではない。
抗ヒスタミン薬は鼻汁や喀痰を粘稠にし、排出をより困難にする。中枢性鎮咳剤は痰の喀出を抑制する。解熱剤による体温の降下は免疫力を低下させる。これらは上気道炎の回復の阻害要因となる。
しかし薬が出ないことに不安をもつ患者、保護者は多い。上記のことをわかりやすく説明し、なお薬を求める場合にはアセトアミノフェンの頓用や去痰薬、整腸薬を処方する。
通常の場合、発熱に対する冷却処置は必要ない。適度な環境温度下にある限り、体温は感染症の状態に応じて自律的に調節される。
発熱時には栄養は外部調達から内部依存(コルチゾール分泌による脂肪、タンパク質の異化、ADH分泌による水分の保持など)に変わるので病初期には食事、水分を無理に与える必要はない4)。
鼻汁吸引は有用であり、鼻汁、鼻閉を訴える患者に対しては外来で吸引処置を行い、家庭でも器具を使っての吸引を勧める。
5.「安全で安心な医療」を実践するために
もっとも重要なことは患者や保護者の訴えや不安に虚心に耳を傾け、共感する姿勢を示すことである。
重症細菌感染症を見逃さないためには、原因不明の高熱の患者、痛みや不機嫌、不穏を伴っている患者、保護者が不安をもっている患者には血液、尿、迅速抗原検査を行う。
3~12か月未満で40℃以上、または38.5℃以上で白血球15.000/uL以上、12~36か月では39℃以上で白血球15.000/uL以上では菌血症の可能性を考慮し、血液培養施行後、セフトリアキソン(CTRX、ロセフィンR)50mg/kg/日静注、あるいはアモキシシリン(AMPC)60mg/kg/日の経口投与を行う2)。
翌日に必ず診察し、発熱が続いていれば入院、解熱していれば外来で治療を継続する。インフルエンザ菌が検出された場合には解熱していても入院治療を選択する。
迅速抗原検査で原因が明らかになれば、それに応じた治療、説明を行う。
菌血症や細菌性髄膜炎、肺炎の予防にはインフルエンザ菌b型ワクチン、7価肺炎球菌ワクチンの予防接種がきわめて効果的なことを説明し、接種をできるだけ勧める1)。
上気道炎に罹患することはさまざまなウイルスに対する免疫を獲得するよい機会であること、成長するにつれて次第にかからなくなること、適切に対応すれば心配ないこと、ワクチンはできるだけ受けることなどを説明する。
文献
1)草刈 章(編):かぜ症候群と合併症、中山書店、東京、2010
2)草刈 章、他:小児上気道炎および関連疾患に対する抗菌薬使用ガイドライン2005
http://www004.upp.so-net.ne.jp/ped-GL/GL1.htm
3)Nesse RM,Williams GC:病気はなぜ、あるのか-進化医学による新しい理解-、新曜社、東京、2001
4)小川道雄:知っておきたい侵襲キーワード、メジカルセンス、東京、1991
くさかり小児科
kusakari akira Akira Kusakari
1949(昭和24)年6月2日、山形県米沢市生まれ。山形県立米沢興譲館高校、福島県立医科大学卒業後、東北大学大学医学部付属病院小児科にて研修。会津若松市竹田総合病院小児科、都立清瀬小児病院小児科の小児科医を経て「医療法人社団 章仁会 くさかり小児科(昭和62年2月)」を設立し、現在理事長を務める。小児科一筋の経験豊富な小児科専門医。