インフルエンザb型ワクチンの無念、肺炎球菌ワクチンの衝撃

はじめに 

今年の8月頃からインフルエンザ菌b型ワクチン(Hibワクチン、商品名アクトヒブ)が任意接種の形で始まる。今のところ、7千円から1万円ほどの接種料になると予想され、大幅な接種率向上は望めない。欧米では1990年代の早い時期から定期接種化され、髄膜炎、急性咽頭蓋炎などの侵襲的Hib感染症は激減し過去の病気となっている。今ではほとんどの国で定期接種化され、導入していない国はアジアではつい最近まで北朝鮮と日本だけという状態であった。この間に多くの子ども達が命を失い、あるいは重篤な後遺症に苦しんでいる。まさに無念というほかない。 

またHibワクチンよりさらに小児感染症に画期的な効果が期待されるワクチンの臨床治験が進んでいる。それは7価結合肺炎球菌ワクチンである。米国ワイス社によって開発され、大規模な無作為割り付け試験で高い有効性が実証され、今では世界中で74カ国が導入し、8カ国で定期接種化されている。本邦ではようやく第3相治験が行われているところである。 

ここでは両ワクチンの臨床的意義や現状、今後の課題などについて解説した。

 

インフルエンザ菌b型髄膜炎 ―その疫学と臨床、早期診断は可能か―

インフルエンザ菌は莢膜を持つもの(莢膜株)と持たないもの(非莢膜)に分類される。非莢膜型はヒトの上気道に常在し、中耳炎、副鼻腔炎、気管支炎、肺炎などの局所的な気道感染症を起こす。莢膜型は血清型からa~fの6型に分類されるが、髄膜炎、肺炎、菌血症、急性咽頭蓋炎などの侵襲的な感染症を起こすのはほぼb型(Hibと略)に限られる。 

近年、小児の化膿性髄膜炎におけるHib髄膜炎の頻度は急速に増加してきている。砂川らによれば2000年7月から2002年12月迄の2年6ヶ月間の小児化膿性髄膜炎の全国調査の結果、129施設から316症状例が報告され、起炎菌ではHaemophilus influenzaeが172例(54%)と最も多く、次いでStreptococcus pneumoniae67例(21%)、Streptococcus agalactiae(GBS)22例(7%)、Escherich11例(3%)の順であった1)。しかもその耐性菌化が急速に進んでおり、長谷川らによる全国調査では、Hibについては1999年に分類されなかったB-lactamase-producing,ampicillin(ABPC)-resistantHaemophilus.influenzae(BLPAR)が2003年には29%を占めるようになった2)。 

Hib髄膜炎は低年齢層に多く発症する。砂川らの調査では172例全例が5歳以下であり、特に2歳未満に多かったと報告している1)。発症頻度は国、あるいは地域によって大きく違い、ワクチン導入前はアメリカでは0~4歳で10万人あたり50~60件、ヨーロッパ諸国や南アメリカ、アジア、オセアニアは20~50件、20件以下はウルグアイ、ホンコン、サウジアラビア、カタール、そして日本がある3)。日本の正確な発症頻度は明らかでないが、上原らは全国規模の調査から5歳未満児10万人あたり少なくても4.0人4)、加藤らは北海道と5件のHib髄膜炎の疫学調査の結果、5歳未満の人口10万人あたり平均8.9人、全国では約600人が発症していると推定している5)。本邦の発症頻度は諸外国から比べると少なく、これがHibワクチン導入に消極的だった一因になっていると思われる。しかし最近、千葉県で罹患率11.7人と急増を示す報告6)もあり油断できない。 

予後を決定づけるのはいかに早期に診断し治療を開始するかである。しかし症状は発熱、不機嫌、嘔吐、けいれんなどであり、特異的なものではなく医療機関で「かぜ」と診断されることが多い。診断の手がかりとなる髄膜刺激症状も発病1、2日目では認められることも決して多くはなく、臨床的に本症を早期に診断することは困難である7)。 

それでは血液検査でスクリーニングすることは可能だろうか。本邦においては重症細菌感染症の指標として確立されているものはない。米国ではoccult bactremia(注1)の研究から生後3ヶ月以上、3歳未満乳児での39℃以上の発熱の場合、末梢白血球数の平均値は1日目、11.100±8.100/u1、2日目、13.800±6.700/u1であり、症例の半数以上がこの数値を下回り、血液検査でスクリーニングすることは困難であることが分かった7)。 

以上のように本症を早期に診断することは非常に困難であること、そして急速に耐性菌化が進んでいることにより、治療成績は死亡約5%、後遺症残存25%と本邦においては小児、そしてその保護者に対して最も恐ろしい疾患の一つとして残っている。このことが時間外の小児救急医療に患者が殺到する一因になっているとも思われる。

 

Hibワクチンの効果と本邦における導入の経緯 ―なぜ遅れたのか?―

日本より発症頻度の多い欧米においては、Hib髄膜炎は深刻な問題でもあった。そのため早くからワクチン開発が試みられ、1970年代にまずフィンランドで使われるようになった。しかしこのワクチンは1歳6ヶ月以上で免疫の効果がみられたものの、罹患率の高い乳児に使えない欠点があった。1990年代には、抗原性を高め乳児にたいしても効果がある結合型ワクチン(注2)が開発され、アメリカ合衆国などで使われるようになり、現在ではこの結合型のワクチンが主流となっている。 

アメリカ合衆国では通常、生後2ヶ月、4ヶ月、6ヶ月、12~18ヶ月の計4回接種されている。なお、3回目の生後6ヶ月の接種が必要ない製剤(PRP-OMP〔商品名PedvaxHIB〕、およびPRP-OMPとB型肺炎ワクチンとの混合ワクチンであるComvax)もある9)。 

このワクチンの効果は劇的なものであった。米国の主要5病原体による1~23ヶ月児の細菌性髄膜炎いついて、ワクチン出現前の1986年とワクチン定期接種化後の1995年の発症件数を比較すると、前者が7千件であるのに対し後者では1千件と実に1/7に激減していた10)。米国のみならず本ワクチンを導入した国ではHibによる髄膜炎、あるいは他の侵襲的感染症の大幅な減少を得ている11)。 

上原は早くから本ワクチンの重要性、有効性に着目し、本邦においても早期に導入する必要性を強く訴えていたが12)、関連学会、および厚生労働省の反応はきわめて慎重なものであった。一つには本症の発症頻度が諸外国に比較して少ないという背景の他に、感染症の専門家や実地医家のあいだにも細菌感染症は抗菌薬によって征圧できるという考え方があったからだと思われる。実際に本邦においては製薬会社が小児の好む広域活性のセフェム系抗菌薬の開発にしのぎを削ってきた。一方、筆者らが行った抗菌薬使用調査では、発熱があれば必ず抗菌薬を処方するという医師が多数を占めていることが判明した13)。にもかかわらず本邦においてなおHib髄膜炎が増加傾向にあり、しかもその起炎菌が急速に耐性化しつつあるという現実は、このような戦略は破綻したと物語っているといえる。 

サノフィパスツール第一ワクチン(東京都)は2003年3月に新薬の承認を厚生労働省に申請したが審査は進まなかった。筆者らは小児上気道炎に対する抗菌薬使用ガイドライン14)を作成する過程で、このワクチンが抗菌薬適正使用を推進するうえできわめて重要な意義をもっていることに気付き、第14回日本外来小児科学会年次集会(2004、大分市)は本集会で、第15回(2005、大阪市)、16回(2006、横浜市)は春季カンファランスでシンポジウムを開催し、本ワクチンの早期導入を訴えた。マスコミにも積極的に情報を提供し、読売新聞の連載記事「医療ルネサンス」も取り上げられた15)。この記事をきっかけとして早期導入を求める患者の会が立ち上がり、昨年4月、厚生労働省に6万筆の署名を添え陳情した。日本小児科学会も平成17年6月に初めて早期承認を求める要望書を提出した。 

厚生労働省は2007年1月に本ワクチンを承認し、今年の夏頃から任意接種で使用可能となる予定である。患者の会はなお早期の定期接種化を求め、署名活動を行っている16)。日本に導入されるワクチン(商品名 アクトヒブ)はインフルエンザ菌b型多糖体と破傷風トキソイドを結合したもので、フランス、サノフィ・アベンティスが製造し第一三共製薬株式会社が輸入するものである。接種方法は、

2ヶ月~7ヶ月未満児:初回3回を4~8週間隔毎に。1年以上空けてから追加接種1回。合計4回。

7ヶ月~1歳未満児:初回2回を4~8週間隔毎に。1年以上空けてから追加接種1回。合計3回。

1歳~5歳未満児:初回1回のみ。追加接種不要。(アメリカでは4週以上空けて1回追加している。)

5歳以上は接種不要。

と予定されている。ちょうど百日咳ジフテリア破傷風混合ワクチン(DTP)と接種時期が重なるため両ワクチンを同時に接種できることが望ましいが、実際にそれが可能となるかどうか、接種料金も含め実施要項の細目はまだ定まっていない。

 

7価肺炎球菌ワクチン ―それはなぜ必要なのか?―

肺炎球菌はHibと同様に細菌性髄膜炎、呼吸器感染症、そしてoccult bactremiaなどの侵襲性感染症を起こす主要な病原体である。細菌性髄膜炎では上原らによれば、15歳以下の小児では14.6%を占め、インフルエンザ菌に次いで2番目に多い頻度を示している。しかも後遺症の残存率(33.7%)、死亡率(7.0%)はインフルエンザ菌によるものより高い4)。このような侵襲性肺炎球菌感染症(invasive pneumococcal disease:IPD)においても耐性菌化が進んでおり、砂川らは細菌性髄膜炎を起こした肺炎球菌の約2/3が耐性化していると報告した1)。 

小児においてあいrふれた疾患である急性中耳炎においても肺炎球菌はインフルエンザ菌とともの主要な起炎菌になっている。そして侵襲性感染症と同様に高度に耐性菌化しており、宇野の報告ではペニシリン耐性菌(PRSP)、中等度耐性菌(PISP)を合わせると91.9%に達していた17)。 

このような耐性菌蔓延の時代にあって我々実地医家は感染症にどのように対処すべきであろうか。耐性菌の増加を防ぎ、細菌感染症を確実に治療せしめるためには、疾患、あるいは原因病原体の診断をできるだけ正確に行い、不必要な抗菌薬の投与を極力少なくするという方針を採ることが重要である。このような観点から筆者らは小児上気道炎に対する抗菌薬使用ガイドラインを提案し13)、また日本小児感染症学会、日本小児呼吸器疾患学会は「小児呼吸器感染症診療ガイドライン2007」、日本呼吸器学会は「成人市中肺炎診療ガイドライン」を発表した。しかしこのようなガイドラインは強制力を持つものではなく、その理解と普及には時間がかかり、効果の検証は不確実である。また患者、保護者からみればこのようなガイドラインがあるからといって侵襲性肺炎球菌感染症から免れるということはない。諸外国はこれと全く異なる戦略を採用した。それが7価肺炎球菌ワクチンの開発と導入である。

 

7価肺炎球菌ワクチンの衝撃 ―それは小児科外来診療に何をもたらすのか?―

米国ワイス社が開発した本ワクチンは、米国の6歳未満の小児におけるIPDの主要な莢膜血清型7種の多糖類とジフテリアトキソイド蛋白CRM197を結合したもので商品名プレベナー(PREVNAR)として発売された。1995~1998年に北カリフォルニアで約3万8千人の乳幼児を対象に大規模な無作為二重盲検試験が実施され、髄膜炎や敗血症等などのIPDに対する高い感染予防効果が実証された18)。 

2000年には米国で定期接種化され、月齢2ヶ月、4ヶ月、6ヶ月、および12~15ヶ月というスケジュールで実施されている。Kaplanらは定期接種化前の1994年から接種後の2002年までの9年間における8つの小児病院の侵襲性肺炎球菌疾患(IPD)の毎年の入院患者数を調査した。その結果、定期接種化前と比較し、2002年ではもっとも肺炎球菌に侵されやすい0歳から2歳までの小児で1/2から1/3に激減していることが判明した。さらに定期接種前まで増加してきたペニシリン非感受性菌が2000年を境に減少に転じていることも明らかになった19)。 

本ワクチンはアジアのホンコン、韓国、マレーシア、フィリピンなどを含む74カ国で承認され、8カ国で定期接種化されている(2006年現在)。本邦でも第1相、2相の治験がおわり、現在13価ワクチンで第3相治験が進行中であり、遠からずの承認、定期接種化が期待される。 

Hibワクチンとこのワクチンが定期接種化された暁には、本邦の小児科外来の診療はどのように変わるだろうか。ElizabethらはHibワクチン導入後の小児救急外来患者のoccult bacteremiaの患者数を調査し、件数が著しく減少するとともに、起炎菌としてHibがなくなりほとんどが肺炎球菌になったため予後もなくなったと報告した20)。結合型肺炎球菌ワクチンが導入されればさらに救急外来における緊急性を要する発熱患者は少なくなり、担当医の負担を大幅に軽減すると期待される。保護者には夜間高熱が出てもあわてて救急外来を受信する必要がないと確信をもって説得できるようになる。 

小児科の外来では重症感染症を懸念するあまり、高熱の患者に一律に抗菌薬を処方するといったことはまったく意味がなくなると思われる。その替わり丁寧な診察と必要な検査、そして適切な情報の提供を行い、患者と保護者に納得と安心を感じさせるような診療が益々求められるようになると思われる。

発熱がありながらも一般状態のよい患者から血液培養によって細菌が検出される状態。3ヶ月以上、3歳未満の乳児での39℃以上の発熱の場合、末梢白血球数15,000/u1以上で有意に多くなる。検出菌の約85%は肺炎球菌、10~13%はインフルエンザ菌であり、肺炎、髄膜炎などの重症感染症の前状態とも考えられている8)。

Hibワクチンはb型莢膜多糖体抗原PRPが本体であるが、この成分はT細胞非依存性であるため本の好発年齢でHibに対する抗体価の低い18ヶ月未満児では免疫原性を発揮できない。そこで多糖体にcarrire proteinを結合させてT細胞依存性とし効果を発揮できるようにしたものを結合型ワクチン(conjugate vaccin)という。

 

 

文献 

1)砂川慶介、他:感染症学雑誌78:879-890、2004

2)長谷川恵子、他: 感染症学雑誌78:835-845、2004

3)Peltola H:Clinical Microbiology Reviews,13:302-317、2000

4)上原すず子、他:日本小児科学会雑誌102:656-665、1998

5)加藤達夫、他:小児感染免疫10:209-214、1998

6)石和田稔彦、他:日本小児科学会雑誌111:1568-1572、2007

7)武内一、深澤満:日本小児科学会雑誌110:1401-1408、2006

8)Baraff L J:Ann Emerg Med 36:602-614、2000

9)横浜市衛生研究所感染症・疫学情報課

http://www.city.yokohama.jp/kenkou/eiken/infection_inf/hib1.htm

10)Schuchuat A et al:N Eng J M337:970-976、1997

11)Peltola H:Clinical Microbiology Reviews13:302-317、2000

12)上原すず子:日本小児科学会雑誌100:1693-1696、1996

13)草刈章、他:外来小児科7:122-127、2004

14)抗菌薬適正使用のための外来小児科ワーキンググループ:外来小児科8:146-172、2005

15)読売新聞:4月17~19日東京、2006

16)細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 http://www.k4.dion.ne.jp/~zuimaku/

17)宇野芳文:日本化学療法学会雑誌52:68-74、2004

18)Black S et al:Pediatr Infect Dis J.19:187-95、2000

19)Kaplan SL et al:Pediatr 113:443-449、2004

20)Elizabeth R et al:Pediatr 106:505-511、2000